南麓
コース
3
富士山周辺の歴史と文化を、様々な角度から紹介
御殿場から富士山を目指す途中にある、標高約800mの十里木高原。その自然豊かな環境に「裾野市立富士山資料館」はあります。富士山資料館本館、郷土館、富士山文庫閲覧室などで構成され、地質、動・植物、洞窟、気象といった富士山の火山活動、自然全般はもとより、富士山と麓に暮らす人々との関わり、文学、芸術など、富士山に関わる資料が幅広く展示・紹介されています。
展示品の中には、富士山の近郊で出土した土器、石器などあり、歴史を記した各種資料も紹介されています。また資料館に併設された郷土館には、富士山の裾野で暮らす人々が使用してきた、江戸時代から現代までの郷土民具の数々も展示され、裾野市の文化財に指定されているものも数多くあります。また文学や郷土の歴史、伝統技術も紹介しています。
活火山・富士の歴史や成り立ちを解説
資料館本館の展示は、「富士の成り立ち」「富士に棲む」「富士を見る」「富士に生きる」「裾野のくらし」「富士トピックス」の6部門に分かれ、それぞれに映像上映などを利用した展示がなされています。ここでは富士山が噴出した火山弾や溶岩流の標本、富士山が誕生する過程を追った映像など、活火山・富士のプロフィールを知るための資料をわかりやすく紹介。
資料館の庭では、溶岩樹型(北麓コース4を参照)を見ることもできます。また気象庁から寄贈された初代富士山レーダーの観測機器など、富士山の歴史に関わる幅広い資料を見学できます。
宝永噴火の様子を伝える貴重な史料を所蔵
富士山資料館には、富士山の噴火の歴史や、噴火当時の様子を伝える貴重な史料の数々が所蔵されています。その中のひとつに『土屋伊太夫噴火事情書』という宝永噴火(1707年)の覚書があります。
伊太夫は、「富士講」と呼ばれる信仰登山の登山口として賑わっていた須山村(現:静岡県裾野市須山)で、御師(おし)と呼ばれる案内役をしていました。
その覚書には、須山村とその周辺における、噴火当時の様子が詳細かつ生々しく記述されています。「十一月二十三日朝五つ時分過ぎ、大地震。同四つ時分、これまた大地震」という記述からは噴火の前に2度の地震があったことがわかり、2度目の地震の直後には鳴動と共に「空すさまじく黒雲出」とあることから、噴火が始まったことがわかります。
この後も時刻を追った克明な噴火推移の記述が続き、大量の灰が降る様子や大地の響き、また噴火活動初期に小康状態があったこと、再び噴火が激しさを増した時期があったことなどが記されています。やがて噴火は、12月9日の未明に終了します。『土屋伊太夫噴火事情書』には「山も焼け止まる。雷・地震響も静かに晴天まかりなる」と記述されています。
このような宝永噴火の克明な記述は、富士山の将来の火山防災を考える上においても大変重要な資料といえます。
周辺散策MAP
現地までの交通
車
東名裾野ICより約12Km 約20分
バス
(1)JR御殿場線御殿場駅より遊園地ぐりんぱ行バス約45分「十里木高原別荘地管理事務所前」バス停下車
(2)JR御殿場線裾野駅より日本ランド行きバス約40分「十里木高原別荘地管理事務所前」下車
(3)JR東海道線三島駅より遊園地ぐりんぱ行きバス約70分「十里木高原別荘地管理事務所前」下車
裾野市立富士山資料館の情報はここでも調べられます
■静岡県裾野市
http://www.city.susono.shizuoka.jp/public/fujisanshiryokan.php
※HPに関する情報は、2013年6月現在のものです。HP製作者等の都合・事情等によって閉鎖・更新されるなど、ご覧になれない可能性もございますことをご承知おきください。
■交通などのお問い合わせ
裾野市立富士山資料館 TEL.055-998-1325